s0met1me◆JIRN.kBNd のやんばる名護パトロール隊(起承転々)2nd

沖縄本島北部はやんばる名護エリアでの由無し事をつらつらと.

はてなダイアリーからのインポートにより以前の記事のタイトル,表,見出し,改行等々の乱れが生じていますが今更いちいち直せないのでご理解ください.
当ブログの記載事項は全て無保証です.また貴方の健康を損ねる恐れが有るので,閲覧は全て自己責任で必要最低限度に留めることをお勧めします.


名護飲食店(食堂・そば屋)リスト w Google map (連動ブログ)

飲食店(食堂・そば屋)リスト(もっぱら名護市内)

『食系まとめエントリ』一覧






残っていたのが不思議「ハマの屋台、消える赤提灯」

横浜ってあんな小綺麗な街ぢゃなかったんだよね.人通りの少ない駅の薄暗い地下通路が結構怖かった位で.
港町ってどこも少しいかがわしさの漂う大人の雰囲気が良いってもんさ.桜木町界隈も再開発されちまったし,昔の面影残すとこ未だ残ってるのかな.

 昭和の雰囲気を色濃く残す「ハマの屋台」の灯が消えかかっている。戦後間もない頃から半世紀以上、横浜駅西口の市道を不法占有しながら営業してきた。店主らが道路を管理する横浜市と交わした屋台を自主撤去する「期限」とした1月31日が近づいている。◆半世紀、今月末に撤去期限
 横浜駅西口から徒歩2分。繁華街を流れる幸川沿いに12軒のおでん屋台が連なり、暗い通りに屋号の灯が浮かぶ。3畳ほどの店内はおでん鍋をコの字に囲むカウンターと丸いすのみ。メニューや値段表はなく、10人も入れば“満員御礼”という店ばかりだ。
 インターネットや口コミで「今月限り」の情報が広がり、屋台に寄せ書きをしたり、携帯電話のカメラをかざしたりする年配客の姿が目立つ。「われらが西口の世界遺産 ありがとう」。仕事で近くに来るたびに寄っていたというスーツ姿の男性はそう書き込んだ。「きょうで飲み納め。なくなる前に来られてよかった」◆昭和の風情「西口の世界遺産
 屋台は昭和30年代から安くて誰でも気軽に入れる「庶民の酒場」として、勤め帰りの会社員らの支持を集めた。だが、屋台が建つのは市道道路法(不法占有)と道路交通法(無許可使用)に違反しているため、市や警察から繰り返し撤去を求められてきた。
 「屋台営業を平成28年1月31日までに廃止し、屋台を自主的に撤去することを誓約致します」−。全12軒の店主が連名で市長宛てに誓約書を提出したのは2010年12月。市西土木事務所の浅野泰史副所長は「店主の高齢化に加え、屋台に向けられる社会の目の変化を認識したのでしょう」と語る。


芝商店街とか慶應仲通りとか未だ残ってるんすかね.


そうそう品川田町間に新駅構想有るみたいだけど,そしたらあのドラマとかでも度々使われてた不自然な地下通路(泉岳寺側からはソコソコの高さなんだけど,途中で160以下になって下手すんとタクシーの提灯やワゴン車引っ掛かちまうw)も無くなっちまうんだろうね.